2016.11.6
2016.11.6

 

熊本震災から6ヶ月。震源地、益城町へ足を伸ばした

熊本市内からのバスは運休中だったのだが

旅する、熊本写真展でご一緒させていた仲間に来るまで連れていっていただくことができた

 

写真は益城町の中を歩きながら撮影したもので

特に被害の大きかった地域の写真が多い。

 

熊本市内についてはまだまだ傷跡は残っているものの

私のような県外者が訪れて楽しむには十分な状態になっているので

是非、復興支援という意味でも行って楽しんでもらいたいと思っている

 

Mashiki-machi

 

益城町に到着し車を降りると、予想以上の光景が広がっていた

ご覧の通りである


Clock

 

本当に人が住んでいたのか?幻想のようで信じられなかったが

そこには間違いなく、人が住んでいた跡が残っていた

Destructed house

 

一瞬わからなかったが、1階が完全に倒壊している


爪痕

 

大きく裂けたアスファルト


Destructed town

 

荷物を探しに来たのか、家人の姿が見え隠れする家もあった


Kiyama-jingu

 

震源地に近い木山神宮からは、狛犬が1匹いなくなっていた

おそらく、ここには大きな鳥居があったのだろう。

階段をのぼると、そこには鳥居の残骸が散らばっていた


KIyama-jingu

 

阿蘇神社の倒壊は写真で見られた方も多いかもしれない。

ここ、木山神宮の社もご覧のように倒壊してしまっていた。


Message from the world

 

その後、多くの人が避難していたという益城体育館へ。

益城体育館の脇には、益城町交流情報センター「ミナテラス」が

中へ入ると、震災後に各地から送られた応援のメッセージが

 

中には海外からのメッセージも。

多くの人に励まされながら、多くの人ががんばっていたに違いない


Reconstruction festival

 

近くのJAでは、復興祭と銘打ってお祭りが行われていた

多くので店や、JAらしく?農業機器の展示販売など。


Destructed apartment

 

行きの車の中からもたくさんの悲惨な風景を目にしていたので

帰りは、距離はあったものの徒歩で戻ることにした。

やはり、車で走っていては見過ごしてしまうものを見ることができる

 

幹線道路から1本入ったところで見つけたアパート

鉄骨が大きく曲がり、1階が完全に潰れてしまっている


Entrance of Mashiki-machi
 

そして、益城町をあとにする。

益城町の入口には、写真のようなメッセージが

 

 

東京にいると、マスメディアからの情報もなくなり

一見、そろそろおちついたのかな、という気さえしてしまう。

 

しかし、現地の人々にとってはまだまだ「現在進行系」である

ということを忘れてはいけない、と感じた訪問であった。

これはきっと熊本だけではなく、東北だって同じはずである。

 

何もかもを共有し、共に苦しむ必要はないと思うけれど

まだまだ元通りにはなっていない、それを知っておくことが

遠くに済む我々ができる一番のことなのかもしれない。

 

 

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